2022.10.18 11:43kuroの展示終了と20年ギャラリー白kuro にて開催させていただいていた個展が無事終了いたしました。昨年に引き続き黒い空間のkuroでの展示ということで、どうしてもうっすらと青く光る作品を置きたくなり、うだうだしててもしょうがない!とガンガンに仕上げたのが今回発表させていただいた青の連作「誰も知らない...
2022.04.11 09:58『松の樹/犀の角』が終わって 京都 HRD FINE ART にて開催していました『松の樹/犀の角』寺島みどり + 津田友子 二人展。 ご来場してくださった皆様、お気にかけてくださった方々、ありがとうございます。先日の9日に無事終了いたしました。 機会をいただいた白白庵の石橋さん、それに私という人間に対峙し...
2021.05.15 07:51March 30, 2019「何のためでもないもの」を作りたいという感覚が強くなって来ました。この感覚はずっと以前からあったのですが、どうしたらいいのかがずっと解らないものでした。最近になって、身体的欲求としてその感覚が無視できなくなってきました。今、解らないなりにも挑戦しています。(「PRISM 2019...
2020.03.09 04:07March 09, 2020 ドローイングは自分の中にあるものが物質を介してアウトプットされ、それにまた自分が反応するという繰り返し。スピーディーでエキサイティング。しかし、私は自分のドローイングを自分の「作品」と認めない。というか、認められない。 「作品」よりも見え方や手法も斬新なものがドローイ...
2019.06.22 03:54Jun 22, 2019絶対は対者を拒否する。しかし対者の拒否が単なる否定にとどまる限り、それは限りなく対者を生みつづけるであろう。対者の否定とは、対者を包みかつ超えるものでなくてはならぬ。白川静「孔子伝」よりそしてわれわれ、昇る幸福に思いをはせるものたちは、ほとんど驚愕にちかい感動をおぼえるであろう、...
2019.04.18 06:52Apr. 18, 2019新作に「降り下るもの」と名付けました。リルケのドゥイノの悲歌の最後の一文からとりました。昇る幸福と降り下る幸福(さち)それを言葉にすることが重要ではなく、それを描くのが重要ではなく、それを、その循環をする運動を感じ、知る。あなたとわたしが。多分、わたしはそのために描いている。
2018.11.03 04:00Nov. 3, 2018すべての眼で生き物たちは開かれた世界を見ている。われわれ人間の眼だけがいわば反対の方向に向けられている。そして罠として、生きものたちを、かれらの自由な出口を、十重二十重にかこんでいる。 (中略) われわれはかつて一度も、一日も、ひらきゆく花々を限りなくひろく迎え...
2016.07.09 04:17July 9, 2016 I want to depict the world surrounding me just the way it is, no matter how elusive it may be. The world is hard to capture, and it is...
2007.01.04 02:21July 4, 2009世界の姿を捉えるために- これまでの軌跡と現在のテーマ -「絵画がいかに変わろうと、絵画が何に描かれ、何に縁取られようと、問題はいつも同じだ。何が起こったのか。カンバスや紙や壁は何かが起こる舞台である。」(ロラン・バルト) 私は絵画を「空間表現」というキーワードで理解している。 ...