Nov. 3, 2018

すべての眼で生き物たちは

開かれた世界を見ている。われわれ人間の眼だけが

いわば反対の方向に向けられている。そして罠として、生きものたちを、

かれらの自由な出口を、十重二十重にかこんでいる。 

(中略)          

われわれはかつて一度も、一日も、

ひらきゆく花々を限りなくひろく迎え取る

純粋な空間に向きあったことがない。われわれが向きあっているのは いつも世界だ。

―リルケ作『ドゥイノの悲歌』手塚富雄 訳 第八の悲歌より抜粋―


 今回の二人展のタイトル「開かれ」という言葉を初めて聞いたとき、まさに目の前が開かれた感覚を覚えました。アガンペンの著書を読み、冒頭のリルケ『ドゥイノの悲歌』にたどり着きました。この詩集は大変興味深く、制作を行う上でのどうしようもない悩みをまるごと含めて歌い上げてくれているようでした。

 これまで私は一貫して私が思う世界の姿を表現してきましたが、その世界とは自分の内側にあり、冒頭の詩にあるような純粋な空間ではありません。私はもう、純粋な空間を思い焦がれることしかできない人間です。しかし、作品を通してそれに触れることができるのでは? 私の希望は、いつか一つ一つの作品がつながりを持ち、物語のようにそこから何かが生まれることです。もしかするとそれは私にはみつからないもので、誰かがみつけられるものかもしれません。


(2kwギャラリー「開かれ」展 2018/11/3-25)


Terashima Midori

寺島みどりの仕事

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