March 09, 2020

 ドローイングは自分の中にあるものが物質を介してアウトプットされ、それにまた自分が反応するという繰り返し。スピーディーでエキサイティング。しかし、私は自分のドローイングを自分の「作品」と認めない。というか、認められない。

 「作品」よりも見え方や手法も斬新なものがドローイングに多いと感じている。しかしそれは、まだ印象という「一瞬の判断」の域を出ていないように感じてしまう。私が作り出したいものは、眺めているとその存在がどんどんん消えて行くような画面。見る人の感覚を呼び覚まし、時間と共に空間に遊ぶような画面。それは物質的な面白さを超えた所にあるかもしれない。

Terashima Midori

寺島みどりの仕事

0コメント

  • 1000 / 1000